日本の「脱原発」は米国の承認を必須条件とするのか

藤谷卓志

 

 

=民主党政権「革新的エネルギー・環境戦略」閣議決定見送り過程からの考察=

20129月に当時の民主党政権は「2030年代に原発ゼロ」を目指すとした「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定をめざしていたが、914日「全文」の閣議決定を見送り、別添文書とした。この時、東京新聞は「閣議決定回避 米が要求 原発ゼロ・変更余地残せ」と報じたように多くのメディアが見送りの要因として米国の介入を取り上げた。このこともあって、日本の脱原発には米国こそが最大の障碍であるという考えが一部に広がってきた。果たしてそうなのか。この、閣議決定の見送りと米側の関与について、いくつかの考察がなされているのでその代表的なものを取り上げて比較検討し、問題点を整理したい。

 

T 革新的エネルギー・環境戦略」閣議決定見送りに対する五つの代表的意見・分析

1.『核兵器と原発 日本が抱える「核」のジレンマ』(講談社現代新書、2017

鈴木氏は・民主党政権の「原発ゼロ」と米国の反発(P7475)の中で以下のようにのべる。

「・・・この政策を打ち出す過程で、大きな障害が二つ出てきた。一つ目の障害は、米国の反応である」とし、201144日のウィリアム・マーティン元エネルギー省副長官が日本が原発を使用し続けることの重要性を訴えたこと、同11月の「戦略国際問題研究所・CSIS」の報告書、翌128月のCSISのいわゆる「アーミテージ・ナイ報告」のなかに「慎重に原発を再稼働することが、日本にとって正しく責任のある第一歩である。・・福島を教訓に、日本政府は安全な原子炉と堅実な規制の実施を促進するための指導的役割を果たすべきである」とあることを紹介している。

 次に第二の課題として、「もう一つは、民主党政権が『原発ゼロ』をめざすのに『核燃料サイクルは継続する』という点だ」と指摘し、「もし強引に『原発ゼロ』を押し通そうとすれば、反対する六ヶ所村や青森県が、青森県からの使用済み核燃料の持ち出しや、秋に控えていた欧州からのガラス固化体の・・搬入を拒む恐れが出ていた」とのべ、この二つが要因となって、閣議決定が見送られたとする。

☆アメリカ側が再処理の継続に疑義を呈したことは触れられていない。

 

2.太田昌克『日本はなぜ核を手放せないのか』(岩波書店、2015

この本ではp106〜p109挫折した「ゼロ」で日米間のやりとりが紹介されている。この中で太田氏は「民主党政調会長の前原誠司が米エネルギー省の副長官で日米の原子力協力に絶大なる発言力を誇るダニエル・ボネマンと会談・・・革新的エネルギー・環境戦略が『原発ゼロ』を掲げながら使用済み核燃料の再処理継続を明記している点を特に問題視した。・・・・資源に乏しい経済大国ニッポンが原発ゼロに向かえば、世界的に石油価格は高騰するかもしれない。・・・・国際市場で原発をセールスする日米企業連合体にもいずれ支障がでるだろう・・・」と、米側のクレームを紹介。また「プルトニューム問題こそオバマ政権の最大の懸念だった」という2013年に長島昭久首相補佐官(当時)とのインタビュー内容を明かし、米側の主眼がどこにあったのかを示している。また、この「挫折したゼロ」の前段項目で、核燃料サイクル政策見直し、「再処理見直し」が青森県の反対で挫折したことを紹介している(内容は鈴木氏のそれとほぼ同じ)。

 そして最後に、当時経産相だった、枝野幸男証言を次のように紹介する「枝野は法制化断念を巡る『外圧』の影響を否定してみせた。当時は『ねじれ国会』で法案が通らないことは明らかだった・・・米国の圧力よりも・・日本の内政状況が・・・最大の要因だったと力説し・・・申し訳ないが「米側の要求を法制化見送りに」利用した」

ここでは、太田氏の判断は特に示されていないが、再処理・プルトニューム問題が脱原発に向けて大きな課題になるかことが、そのあと多くのページをさいて展開されている。

 

3上川龍之介『電力と政治・下』(勁草書房、2018

上川氏は民主党の「革新的エネルギー・環境戦略」の挫折過程について、著書p59〜p67にかけて展開。

まず「妥協の産物」、「原案と相次ぐ修正要求」で党内対立と各省庁との妥協の産物としての「戦略」であったことを示す。「文科省はもんじゅ廃止の方針に強く反発し、その方針を撤回させた。最終案では、『年限を区切った研究計画を策定、実行し成果を確認の上、研究を終了する』とされた。資源エネルギー庁は『安全性が確認された原発はこれを重要電源として活用する』という文言を書きくわえさせた」と具体例を示す。

次に「六ヶ所村の拒否権発動」の項目をたて、鈴木、太田両氏と同様、「英仏から返還される新たな廃棄物の搬入は認めない」「一時貯蔵されている使用済み燃料を村外へ搬出する」という内容を含む六ヶ所村村議会の八項目意見書可決をみて、「『再処理見直し』については、『青森との関係で見直しは無理』との意見が出され、最後は政治判断で核燃料サイクルの政策変更は見送られた」「ある官僚は、『英仏からの搬入ができないとなると国際問題になる。村議会の意見書は大きな効果があった。』と証言する。枝野経産相も…『青森が納得しなければどうにもならなっかった』」との各証言を紹介している。

3番目に「アメリカからの圧力」の項目を立てる。まず、藤崎一郎駐米大使とマイケル・フロマン大統領補佐官との面会を取り上げ、「『ニ○三〇年代に原発ゼロを目指す』、『核燃料サイクルは中長期的に維持する』という政府の方針を説明する。これに対しフロマンは、『エネルギー政策をどのように変えるかは、日本の主権的な判断の問題だ』としながらも、『プルトニウムの蓄積は、国際安全保障のリスクにつながる』などとして、日本が示した『原発ゼロ』に強い懸念を表明する。」と会談内容を紹介。さらに「米民主党政権に強い影響力がある新アメリカ安全保障センターのパトリック・クローニン上級顧問は『具体的な行程もなく、目標時期を示す政策は危うい』・・・と時限を設けた目標を問題視した。さらにアメリカ側は『日本の核技術の衰退は、米国の原子力産業にも悪影響を与える』、『再処理施設を稼働し続けたまま原発ゼロになるなら、プルトニウムが日本国内に蓄積され、軍事転用が可能な状況を生んでしまう』」と指摘した。「太田昌克によると・・・前原誠司と、日米の原子力協力に強い発言力を持つダニエル・ポネマン米エネルギー省副長官が会談し・・・・資源に乏しい日本が原発ゼロに向かえば、世界的に石油価格が高騰する、・・日本国内で原発が動いていなければ国際市場で原発を売り込む日米企業連合体にもいずれ支障がでる」というように様々なルートから米側の懸念が示されたことが紹介される。こうした懸念の報告を受けた野田内閣は、法制化を断念したという。「ただ枝野は法制化断念については『外圧』ではなく、『ねじれ国会』で法案が通る見込みがないという国内政治状況が最大の要因であるとし、・・・米側の要求を法制化見送りに『利用した』」、という枝野の主張も最後に紹介している。

このように断念過程をたどった上で上川氏は民主党政権の原子力政策変更の挫折を次のように整理する(P7071)

「・・・長年にわたり原発を推進する政策が取られてきたことで、原発から利益を得る利害関係者が生み出され、彼らが脱原発に強く抵抗したからである」とし、その第一に「原発立地自治体」次いで「電力会社」、「経産省」さらに「『潜在的抑止力』としての再処理権利の維持、技術の確保を重視する勢力」それに加えて「アメリカ政権の反対」をあげ、「民主党政権には、こうした強力な利害関係者たちを説得して、脱原発を決める力はなかったのである」と結論付ける。

 

4.矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社、2014;講談社+α文庫、2019

まず矢部氏は日米原子力協定は日米地位協定とそっくりな法的構造を持っていると述べ、「・・・条文を詳しく分析した専門家に言わせるとアメリカ側の承認なしに日本側だけで決めていいのは電気料金だけだそうです」と断定し、具体例として第十二条四項「どちらか一方の国がこの協定のもとでの協力を停止したり、協定を終了させたり、{核物質などの}返還を要求するための行動を取る前に、日米両政府は、是正措置を取るために協議しなければならない。そして要請された場合には他の適当な取り決めを結ぶことの必要性を考慮しつつ、その行動の経済的影響を慎重に検討しなければならない」さらに第十六条三項で協定終了後も協定の主要部分が効力を有する規定になっていることを挙げ「こんな国家間の協定が、地球上でほかに存在するでしょうか。」と、不平等性を強調する。

 そのうえで、129月の藤崎・ボネマン会談、翌日のフロマンとの会談で懸念を示され「・・戦略」の閣議決定をみおくらざるをえなくなったとし、「いくら日本の国民や、国民の選んだ首相が『原発を止める』という決断をしても、・・・あっという間に首相の決断がくつがえされてしまう。日米原子力協定という『日本国憲法の上位法』に基づき、日本政府の行動を許可する権限をもっているのは、アメリカ政府と外務省だからです」と結論付ける。

 矢部氏は民主党政権の「革新的エネルギー・環境戦略」が挫折に至ったことについて、他の要因は一切示していない。

 

5 猿田佐代(新外交イニシアティブ事務局長)「日米関係を歪め続け、それでも原発をあきらめない歪んだ欲望を止めなければならない」『SIGHT2017vol.65(ロッキング オン)

 インタビュー記事のなかで猿田氏は「原発ゼロ撤回はアメリカの押し付けではない」とし、「アメリカにNOを言わせてそれを国内で追い風に使いたかった日本の原発推進派が、その声を利用した」と述べる。さらに「原発ゼロなんてとんでもない、というアメリカ人の声も、原発推進派の日本人が望んで積極的にながしたものだと政府に近い原発推進派の方から聴いています」、「201111月…一番日本関係に力を持っているCSISというシンクタンクから報告書…経団連とCSIS が共同で行ったプロジェクトで、其の報告書には、日本の脱原発に対する懸念が示されていました。この報告書は経団連が関わっているものなのに、日本のメディアはワシントンのイベントとして紹介・・」と、日本側の対アメリカ工作の具体例をしめす。また、「アメリカが全体として日本に原発の継続を求めているかと言うと、それは違う」と述べ「CSIS所長のジョン・ハレム氏が日本の原発再稼働を求めて繰り返し発言をしていましたが、彼は濃縮ウランを日本に輸出しているセントランス・エナジーという会社の顧問・・・」と例を挙げ、日米原子力産業の利益代弁者としての要素が大きいと示唆している。最後に「日本は大概のことについて自分たちで決めようと思えば決められる。…使用済み核燃料の再処理や・・・プルトニウムの蓄積についてはアメリカから懸念を示されながら全く言うことを聞かずに国策として続け・・」と結論づける。

 

U 5者の見解の比較と検討

1.矢部説・・・思い込みと誤認に基づく「米国主因論」

すでにしめしたように、矢部氏は日米原子力協定と日米地位協定は同じような法的構造を持つゆえに、日本政府は米国の同意なしに脱原発にすすめないとする。しかし、日米原子力協定は提供された核物質や技術の移転や軍事転用、すなわち「核拡散」防止を目的としたものであることは明白である。氏が対米従属の証とする第十二条四項にしても、第一項で協定に対する重大な違反があった場合、「協定の停止、協力の停止、協定対象品目の返還要求権を付与」することがきめられており、第四項ではその際に「日米両政府は是正措置を取るために協議しなければならない・・・」と規定されているものであり、決して日本のエネルギー政策のすべてにわたって米国の承認が必要となることを意図して規定されたものではない。しかもこの条文は相務規定であり、一方的従属をしめすものでもない。また第十六条で協定終了後も多くの条文が効力を有することについて氏は「地球上でほかに存在するでしょうか」と非難するが、「二国間原子力協定は一般に『原子力の平和利用』について締結される。・・・そして協定期間が終了した後も、移転された技術や核物質を核兵器製造に用いることができないよう、核兵器関連の条項の効力は続くこととされている」(原発ゼロ社会への道p137)とあるように実際あるのであり、あるのが一般的なのだ。

 このように矢部氏の説には事実関係での根本的誤りや、法に対する誤認がその立論の根本にあり、そこから引き出される結論は到底承認されるものではない。それよりも氏の「日米安保法体系が打破されなければ脱原発不可能」という主張は、民主党政権の核戦略見直しに反対した、米側の意図やそれ以外の国内要因への考察が一切無視され、脱原発運動の様々な取り組みを「反安保闘争」に解消させてしまう危険性を持つものとして、強く非難されなければならない。氏の著作が10万部以上を売り上げたと言われており、一定の影響力を持つと思われるだけに、問題は深刻である。客観的・合理的分析から正しい結論が導かれなくてはならないのである。

 

2.米国の「懸念」の根幹はなにか・・鈴木・太田・川上三氏の見解の比較、検討

矢部氏の米国主因論の問題点はと誤りは明確となったが、米国の日本の原発政策に与える影響の大きいことはこれまた明白である。すでに整理したように三氏はそれぞれ米国が日本側に示した内容を列挙されているが、それらのうち何が米国根幹的国益を反映したものであるのか、何が既得権益者の私的利益を代弁したものか明らかにしたい。

 鈴木氏はウィリアム・マーティン元エネルギー省副長官と201111月のCSIS報告と翌12年のいわゆる「アーミテージ・ナイ報告」を取り上げ、日本が原発を再稼働することを求めたことを紹介しているが、米側の主張の詳細はしめされていない。また、11年のCSIS報告は猿田氏の指摘によれば日本経団連との共同イベントであり、当然、経団連の原発継続・再稼働の主張が強く反映されており、米国政府の核心的利益を反映したものとはいえないだろう。また鈴木氏は、なぜか12年の民主党政権と米国側との交渉過程については触れられておらず、米側の最大懸念がどこにあったのかは明らかにされていないのは残念である。

一方太田氏はダニエル・ボネマンと民主党側との交渉を中心に米側の懸念が「核再処理継続・プルトニウム問題」に会ったことを明確にし、合わせて「日米原発企業連合体への悪影響」「石油の暴騰」などが米側の懸念にあったとしている。「企業連合体」の点に関しては、この時期、日米原発企業連合体が2007年の日米原子力共同行動計画に基づいて積極的な原発輸出を推進していただけに、さもありなんと思われる。しかし、2020年時点では企業連合体は崩壊、あるいは機能停止し、原発産業の衰退は著しく、輸出事業も大失敗に帰し、すでに米国が懸念材料にしたくともし得ない状況になっている(注1)。また、「石油価格の暴騰」にしても、日本の原発再稼働がほとんど進まない中で、逆に暴落していることから見て同様である。

上川氏もまた太田氏の見解に基づいてボネマンの「懸念内容」を同じように紹介し、加えてマイケル・フロマン大統領補佐官が「脱原発と再処理継続の矛盾、プルトニウムの集積増大」に強い懸念を示したことを紹介している。

 以上のことから、米国の最大の関心事・核心的国益に基づく懸念は「再処理継続」・「プルトニウムの蓄積」にこそあり、米当局者による脱原発と再処理継続に対する疑義と非難は極めて理にかなっており、日本側を追い詰めるものであったことは容易に想像し得る。しかし、言うまでもなくこの問題は国内問題であり、すでに第I節で紹介したように鈴木、太田・川上三氏がともども指摘されているように「青森県と六ケ所村」そして「電力会社」の反発・反対をどう解決するかということであった。民主党政権の原発政策転換が挫折したのは、決して米国の圧力が主因ではなく国内問題を解決できなかったことにこそあったことが浮き彫りになる。この点で上川氏の「民主党政権には、こうした強力な利害関係者たちを説得して、脱原発を決める力はなかった」という総括は極めて明快であり、「2030年代に原発ゼロは、具体的方策のない、ただの政治的スローガンにすぎなかったのである」という批判は痛烈である。(脱原発の強力な政治勢力の結集は次回に取り上げる)

 

(注1)                  この点については雑誌「世界」20197月号「世界で競争力を失う原子力発電」石田雅也,同誌「原発輸出という大失敗」鈴木真奈美、深草亜悠美、松久保肇を参照されたい。

 

あとがき

民主党政権の「2030年代に原発ゼロ」を目指した「革新的エネルギー・環境戦略」は不十分かつ中途半端な形ではあったとしても、閣議決定に取り上げられたことは一時ではあれ日本政府が「原発ゼロ」を標榜したのであり、高く評価すべきだという意見がある一方、上川龍之進氏のように「単なる政治スローガンにすぎなかった」と切って捨てる意見もある。ただ、評価は脱原発がなった段階でこの「革新的エネルギー・環境戦略」とこれを実現しようとした当時の民主党政権の取り組みがどのような位置を占めたのかを確定すればよいと私は考える。

 それよりも今すべきは、「なぜ中途半端におわったのか」「その要因はなんだったのか」を分析し、教訓を引き出すことが今後の脱原発運動の進展につながると考える。今回は脱原発に向けたアメリカリスクを中心に考察したが、残念ながら「米国の核の傘と」「日本の潜在的核武装」問題などの安全保障政策と脱原発のかかわりについては触れることができなかった。「脱原発の政治勢力の結集」問題と併せて今後の課題にしたい。